パーキンソン病

パーキンソン病は振戦、寡動、筋強剛、姿勢反射障害などの運動障害を主な症候とし、通常40-70歳で発症する進行性の神経変性疾患です。本邦における患者数は約14万人です。従来その数は、欧米よりもはるかに少ないと考えられていましたが、最近の調査では欧米とほとんど変わらないことが判明しています。これは主に人口の高齢化によるものと考えられています。本症の経過には個人差があり、発症から日常生活に高度の障害を生じるようになる期間は3-15年と幅があります。抗パーキンソン病薬(抗パ薬)の発達した現在では、発症15年を経ても、on時(薬が有効な間)には約4分の3の患者がHoehn-Yahrのステージ分類でIII度以下との報告もあります。

代表的な治療法と
問題点

1薬物療法(ドパミン補充療法)

最も有効なL-dopaのほか、モノアミン酸化酵素(MAOB)阻害薬、抗コリン薬、アマンタジン、ドパミン受容体作動薬、COMT阻害薬などがあり、新しい抗パ薬としてはアデノシン受容体拮抗薬、グルタミン酸受容体作動薬などがあります。しかし、これらの薬物は病初期には有効ですが、進行すると効果が減弱し、有効な時間は著しく減ります。不随意運動や幻覚なども出現します。

2外科療法

視床下核や淡蒼球に刺激電極を留置し、前胸部に植え込んだ電気刺激装置によってこの電極を高頻度刺激する深部脳電気刺激療法(deep brain stimulation)が世界各地で行われています。振戦に対して視床凝固術が実施されることもあります。

磁気刺激療法や修正電気痙攣療法が試みられることもありますが、特に進行例に対する効果は限定的です。このように、多様なアプローチが行われていますが、結論としては進行したパーキンソン病に対しては現行の治療では十分な効果が得られません。

3先進的治療

進行したパーキンソン病に対する新しい治療戦略として、ドパミン産生細胞の移植、幹細胞治療、そして遺伝子治療が考えられていますが、ドパミン産生細胞の移植および幹細胞治療は腫瘍形成の可能性、不随意運動の出現、などの問題点を抱えています。

私たちは、現時点において唯一ともいえる、効果の持続性があり高い安全性を誇るドパミン産生に関わる酵素遺伝子を導入して自己細胞にドパミンを産生させる、という遺伝子治療を選択し、研究・開発を進めてまいりました。

当社研究の特徴

当社が進める進行したパーキンソン病に対する新しい遺伝子治療は、パーキンソン病においても脱落することなく残っている被殻内の神経細胞にドパミン合成に必要な酵素の遺伝子を導入しドパミン産生能を回復させるものです。

遺伝子治療の概要

ドパミンの生合成は、正常な状態では黒質から線条体(被殻と尾状核)に投射する神経終末で行われます。チロシンがチロシン水酸化酵素(tyrosine hydroxylase: TH)の作用によりL-dopaとなり、続いて芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(aromatic L-amino acid decarboxylase: AADC)が働いてドパミンが合成されます。 THには補酵素としてテトラヒドロビオプテリン(BH4)が必要ですが、その合成にはGuanosine triphosphate cyclohydrolase I (GCH)が律速酵素となります(図1)。

 

パーキンソン病が進行すると、黒質からの神経終末の脱落が高度となりTH、GCH、AADCの活性は著しく低下します。L-dopaの効果は減弱しwearing offや on offといった症状の日内変動が増悪します。不随意運動や幻覚も出現します。 そこで、線条体の神経細胞にドパミン合成に必要なTH、GCH、AADCの遺伝子を導入し、ドパミン産生能を回復する遺伝子治療を考案しました。

パーキンソン病の遺伝子治療では、AAV2由来のベクターに神経細胞で安定に遺伝子を発現するサイトメガロウイルス由来のプロモーター配列を組み込み、その下流に配置した治療遺伝子を発現させます(図3)。

これまでの成果と今後の予定

前臨床試験

選択的に黒質ドパミン神経細胞を傷害する神経毒を投与して作製したパーキンソン病モデル動物を使用して前臨床試験が行われました。6-hydroxydopamine (6-OHDA)を黒質線条体路に注入したラット、およびと1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP)を慢性的に全身投与したカニクイサル(Macaca fascicularis)の線条体に、ドパミン合成に必要な三種類の酵素遺伝子を各々発現するAAVベクター(AAV-TH、AAV-AADC、AAV-GCH)を注入して、ドパミン産生と運動障害の改善効果を検討しました。 6-OHDAモデルラットの線条体にAAV-TH、AAV-AADC、AAV-GCHを3か所に分けて注入した場合、遺伝子導入された細胞の95%以上は抗神経細胞でした。運動症状の改善効果と導入した遺伝子の発現は18か月後にも持続していました (Shen et al. Hum Gene Ther, 2000)。
カニクイサルのMPTPモデルにおいても、AAVベクターによるドパミン合成系の酵素遺伝子(TH、AADC、GCH)を線条体で発現させることにより動作緩慢・筋強剛・振戦などの運動障害の改善効果が得られました (Muramatsu et al. Hum Gene Ther, 2002)。

臨床研究

2007年に自治医科大学でAADCを発現するAAVベクターを両側の被殻に投与する臨床研究が実施されています。安全性の確認を目的とした少数例での試験ですが、6か月後の評価で運動症状の改善効果が得られています。AADCに結合する [18F]fluoro-m-tyrosine (FMT)をトレーサーとして使用したpositron emission tomography (PET)では, 遺伝子導入5年後にもベクター注入部位を中心にFMT集積が増加しておりAADCの発現が持続しています。(Muramatsu et al. Mol Ther, 2010)。

臨床試験(治験)

治験準備が整い次第開始する予定であります。